東京地方裁判所 平成11年(ワ)771号 判決 2000年3月17日
原告
株式会社ジオトップ
右代表者代表取締役
【A】
右訴訟代理人弁護士
花岡巖
同
村田真一
被告
三谷セキサン株式会社
右代表者代表取締役
【B】
右訴訟代理人弁護士
上村正二
同
石葉泰久
同
石川秀樹
同
松村武
右補佐人弁理士
【C】
主文
一 原告の請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は、原告の負担とする。
事実及び理由
第一請求
一 被告は、別紙目録記載の基礎杭構造(以下「本件基礎杭構造」という。)を建設又は構築してはならない。
二 被告は、原告に対し、金四〇〇万円及びこれに対する平成一一年一月二八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
第二事案の概要
一 争いのない事実等
1 原告は、次の特許権(以下「本件特許権」といい、特許請求の範囲請求項1記載の発明を「本件発明」という。)を有している。
登録番号
第二六五一八九三号
発明の名称
基礎杭構造
出願日
平成元年三月六日
登録日
平成九年五月二三日
特許請求の範囲請求項1
「基礎杭上部に既製の円筒パイルを、下部に円筒パイルの径と略同径の胴部を有する既製の節付きコンクリートパイルを配して、これら両パイルを連結して上層が軟弱で下層が支持力を有する地盤に打設したことを特徴とする基礎杭構造。」
2 本件発明の構成要件は、次のとおり分説される(弁論の全趣旨、以下構成要件(一) などという。)。
(一) 基礎杭上部に既成の円筒パイルを、
(二) 下部に円筒パイルの径と略同径の胴部を有する既製の節付きコンクリートパイルを配して、
(三) これら両パイルを連結して
(四) 上層が軟弱で下層が支持力を有する地盤に打設したことを特徴とする
(五) 基礎杭構造
3 本件発明の作用効果は、次のとおりである(甲二)。
比較的大きい曲げモーメントが作用する上層地盤においては、曲げ耐力の大きい円筒パイルが用いられているため、上部構造物に働く水平荷重を該円筒パイルによって充分に支えることができる。他方、下層地盤では、周面支持力性能の大きい節付きコンクリートパイルが用いられているため胴部の径が円筒パイルと略同径であっても、これにより径大の先端節部によって大きな先端支持力を保有し、これが節部による周面支持力の増大と相俟って、不足なく充分な鉛直支持力を得ることができ、地盤の性状に適合した支持力を持つ安全、強固で経済的な基礎杭を得ることができる。
4 被告は、平成一〇年五月ころから同年六月ころまでの間、滋賀県大津市<以下略>におけるCUBUーD新築工事(以下「本件工事」という。)の基礎工事を施行し、既製の円筒パイルの下に、右円筒パイルの直径と胴部の直径がほぼ同じ既製の節付きコンクリートパイルを連結した基礎杭を地盤に打設した。
二 本件は、本件特許権を有する原告が、被告に対し、本件基礎杭構造は、本件特許権の侵害であると主張して、右基礎杭構造の建設及び構築の差止め並びに右侵害による損害の賠償を求める事案である。
第三争点及びこれに関する当事者の主張
一 争点
1 被告が本件基礎杭構造を実施しているか
2 本件基礎杭構造が本件発明の技術的範囲に属するか
3 被告の先使用による通常実施権の有無
4 損害の発生及び額
二 争点に関する当事者の主張
1 争点1について
(原告の主張)
被告が本件工事で基礎杭を打設した地盤の性状は、別紙目録(二)記載のとおりである。したがって、被告は、本件工事において本件基礎杭構造を実施した。
(被告の認否)
原告の右主張は否認する。
2 争点2について
(原告の主張)
(一) 本件基礎杭構造は、本件発明の構成要件(一)ないし(三)及び(五)を充足する。
(二) 軟弱地盤とは、本件特許出願時の技術常識上、標準貫入試験によるN値(以下、単に「N値」という。)が四以下の粘性土又はN値が一〇以下の緩い砂質土の地盤をいう。また、地震時に杭に要求される水平耐力を算定する際に地盤調査を行う範囲は、杭径が五〇センチメートル未満の場合は、通常、基礎底面下三ないし四メートルの深さまでであり、この範囲での地盤が軟弱であれば、上部の杭には、軟弱地盤に対応した杭が使用される。したがって、円筒パイルの杭頭から三メートル以内に対応する層におけるN値の平均値が、砂質土(〇・〇七五ミリメートル以上の土粒子(礫、砂)含有率が五〇パーセント以上)については一〇以下、粘性土(〇・〇七五ミリメートル未満の土粒子(粘土、シルト)含有率が五〇パーセント以上)については四以下であれば、「上層が軟弱」であるということができる。
節付きコンクリートパイルに対応する層の五〇パーセント以上の部分が、N値が一〇より大きい砂質土、又は(及び)N値が四より大きい粘性土であれば、「下層が支持力を有する」ということができる。
したがって、本件基礎杭構造は、本件発明の構成要件(四)を充足する。
(被告の主張)
軟弱地盤なる概念は、本件特許出願時には確定していなかったが、本件特許に係る明細書(以下「本件明細書」という。)の記載から、円筒パイルに対応する全ての部分に圧密沈下があって、円筒パイルの表面に負の摩擦力が生じるような地盤を意味するものと解される。
したがって、本件基礎杭構造のものが本件発明の構成要件(四)を充足するとは限らない。
また、被告が本件工事で構築した基礎杭構造のある地盤に、N値が零若しくは零以下の地層は全くないから、右基礎杭構造を上層が軟弱な地盤に施工したということはできない。
3 争点3について
(被告の主張)
被告は、昭和五七年ころから昭和六二年五月にかけて、福井県勝山市の越前大仏建立に参画し、その寺務所、講堂、宝物殿の基礎工事を施行し、基礎杭を打設した。
右基礎工事では、節付きコンクリートパイルである原告製造HCーTOPパイル一〇メートルを下にして、その上部に円筒パイルである被告製造PCパイル七メートルを結合した基礎杭が用いられた。右節付きコンクリートパイルの胴部の直径は、右円筒パイルの直径とほぼ同じであった。
本件発明でいう「上層が軟弱」とは、右2のとおり、圧密沈下があって、杭表面に負の摩擦力が生じるような地盤を意味するところ、右基礎杭を埋設した地盤の上層は、含水していることもあって、圧密沈下があり、杭体の上部に負の摩擦力が働くものであったから、「上層が軟弱」ということができる。また、右地盤の下層は、上層よりN値が高く、節杭の摩擦力で鉛直支持力を確保しているものであったから、「下層が支持力を有する」ということができる。
また、仮に、本件発明でいう「上層が軟弱」の意義が原告が主張するようなものであったとしても、右基礎工事は、原告が主張するような「上層が軟弱」な地盤においてされたものである。
したがって、右工事で構築された基礎杭構造は本件発明と同一であるから、被告は本件発明につき先使用による通常実施権を有する。
(原告の主張)
被告が右基礎工事を施行し、基礎杭を打設したことは認めるが、その基礎杭構造が本件発明と同一であることは否認する。
右基礎杭の円筒パイルに対応する地盤である杭頭から七メートルの深さまでの地盤のN値の平均は、砂質土で一〇より大きく、粘性土で四より大きい。また、杭頭から三メートルの深さまでに限っても、地盤のN値の平均は、砂質土で一〇より大きく、粘性土で四より大きい。さらに、含水状況と支持力は無関係である。したがって、右地盤は「上層が軟弱」ということはできない。
4 争点4について
(原告の主張)
本件工事における被告の利益は、四〇〇万円を下らない。
(被告の認否)
損害の発生及び額については争う。
第四当裁判所の判断
一 争点1及び2について
1 証拠(甲二)によると、本件明細書に、「上層が軟弱」について明確に定義した記載はないが、右明細書及び図面に、地盤の強弱をN値の大小で表している記載があることが認められる(本件特許の特許掲載公報三欄二二行ないし二五行、図面「図10」)。
証拠(甲五ないし七、一五、乙六の二、乙八の一、乙一五)と弁論の全趣旨によると、本件特許出願時、地盤の強弱の判定方法として標準貫入試験が広く用いられていたこと、同試験において、粘性土の場合、N値が二より小さい地盤を「非常に軟らかい」、N値が二以上で四未満の地盤を「軟らかい」とし、砂質土の場合、N値が四未満の地盤を「非常にゆるい」、N値が四以上で一〇未満の地盤を「ゆるい」とする基準が存し、通常の場合における地盤の強弱の判定に関する基準として用いられていたこと、地盤の強弱を判定するに当たっては、地盤上に建設される構造物の規模、種類、荷重強度、設計条件等を考慮する必要がある場合があること、以上の事実が認められる。
証拠(甲一六)によると、基礎杭の水平抵抗に支配的な影響を与える深さは、基礎杭の杭径が五〇センチメートル未満の場合基礎底面から三ないし四メートルまで、基礎杭の杭径が五〇センチメートル以上の場合基礎底面から四ないし五メートルまでであることが認められる。
以上の認定事実によると、「上層が軟弱」に当たるかについては、基礎底面から五メートル程度までの深さにおけるN値が、粘性土の場合概ね四未満、砂質土の場合概ね一〇未満であることを一応の基準と考えることができるから、その基準を満たせば、反対の事情がない限り、「上層が軟弱」に当たるものと認めることができるが、地盤上に造られる構造物の規模、種類、荷重強度、設計条件等によっては、右反対の事情が認められることがあるものということができる。
なお、被告は、「上層が軟弱」な地盤とは、円筒パイルに対応する全ての部分に圧密沈下があって、円筒パイルの表面に負の摩擦力が生じるような地盤を意味すると主張するが、証拠(甲二)によると、本件明細書には、上層に圧密沈下があり、負の摩擦力が生じる場合には、本件発明の作用効果が発揮される旨の記載はあるが、本件発明が右主張の場合に限られる旨の記載はないものと認められる上、円筒パイルによって上部構造物に働く水平荷重を支えるという本件発明の作用効果に照らすと、「上層が軟弱」を、右主張のような地盤に限定する理由はないから、被告の右主張は採用できない。
2 証拠(甲三、四、八)によると、本件工事の基礎杭構造が構築された地盤について、日成通商株式会社が標準貫入試験を行ったこと、右試験のボーリングNo.1の地盤図によると、基礎底面は地表面から約二・七〇メートルの深さにあること、右地盤の地表面から三・一〇メートルないし四・二五メートルの範囲はN値が六の砂質土、四・二五メートルないし七・〇〇メートルの範囲はN値が二又は四の粘性土、七・〇〇メートルないし八・七〇メートルの範囲はN値が六又は八の砂質土、右試験のボーリングNo.2の地盤図によると、基礎底面は、地表面から約三・二〇メートルの深さにあること、右地盤の地表面から一・八〇メートルないし三・六〇メートルの範囲はN値が五又は一三の砂質土、三・六〇メートルないし四・九〇メートルの範囲はN値が二の粘性土、四・九〇メートルないし六・六〇メートルの範囲はN値が四又は五の腐植土(粘性土)、六・六〇メートルないし八・〇〇メートルの範囲はN値が六の粘性土、八・〇〇メートルないし九・九〇メートルの範囲はN値が二二ないし二八の砂質土であること、以上の事実が認められる。
以上の事実によると、右地盤の基礎底面から五メートル程度の深さまでのN値は、砂質土においてN値が一〇、粘性土においてN値が四を超えるところもあるものの、概ね、砂質土の場合一〇未満、粘性土の場合四未満であるということができる。
本件工事において右地盤上に建てられた建造物については、証拠上明らかではなく、その他、右地盤が軟弱であるとの評価を覆すに足りる事実は認められない。
したがって、右地盤は、「上層が軟弱」を充足する。
3 証拠(甲三、四)と弁論の全趣旨によると、本件工事において、下層の地盤はN値が大きく、支持力を有するものと認められる。
4 よって、本件工事の基礎杭構造は、本件発明の構成要件を充足し、本件発明の技術的範囲に属するものと認められる。
5 本件工事の基礎杭構造以外に、被告が本件発明の構成要件を充足する基礎杭構造を実施したものと認めるに足りる証拠はない。
三 争点3について
1 被告が、昭和五七年ころから昭和六二年五月にかけて、福井県勝山市の越前大仏建立に参画し、その寺務所、講堂、宝物殿の基礎工事を施行し、基礎杭を打設したことは、当事者間に争いがない。
証拠(乙六の二、乙一〇の一ないし四、乙一七、一八)と弁論の全趣旨によると、右基礎工事では、節付きコンクリートパイルである原告製造HCーTOPパイル一〇メートルを下にして、その上部に円筒パイルである被告製造PCパイル七メートルを結合した基礎杭が用いられ、右節付きコンクリートパイルの胴部の直径は、右円筒パイルの直径とほぼ同じであったことが認められる。
2 証拠(乙六の二、乙七の一ないし七)と弁論の全趣旨によると、右基礎杭構造が構築された地盤について、清水建設株式会社が標準貫入試験を行ったこと、右試験のボーリングNo.B-2の地盤図によると、基礎底面は地表面から約二・二〇メートル又は三・〇〇メートルの深さにあること、右地盤の地表面から二・五〇メートルないし三・五〇メートルの範囲はN値が七の礫質土、三・五〇メートルないし四・五〇メートルの範囲はN値が四のシルト、四・五〇メートルないし九・一〇メートルの範囲はN値が上から一八、一六、二一、一八、一三の礫質土であること、右試験のボーリングNo.B-4の地盤図によると、基礎底面は地表面から約一・四五メートル、二・〇五メートル又は三・六〇メートルの深さにあること、右地盤の地表面から〇・三〇メートルないし二・八〇メートルの範囲は、N値が上から三五、一五のシルトであること、二・八〇メートルないし七・九〇メートルの範囲は、N値が上から六、一一、七、一八、九の礫質土であること、清水建設株式会社は、右各地盤図のシルト及び砂質土層について、N値が低くルーズな地層である、礫質土層について、N値が低く、ゆるい密度であり、安定した支持力が得られないが、巨礫の影響を受け高N値を記録する部分もあると評価していることが認められる。また、弁論の全趣旨によると、右のシルトは、前記一認定の粘性土に、右の礫質土は、前記一認定の砂質土に、それぞれ該当するものと認められる。
右認定に係るボーリングNo.B-2の地盤図によると、地表面から二・五〇メートルないし三・五〇メートルの範囲はN値が七の砂質土であるが、右認定の基礎底面の高さと対比すると、この部分には、基礎底面よりも上になる部分が含まれるものと認められる。その下の三・五〇メートルないし四・五〇メートルの範囲はN値が四の粘性土であるが、四・五〇メートルないし九・一〇メートルの範囲はN値が一〇を超える砂質土である。したがって、右地盤図によると、右地盤の基礎底面から五メートル程度までの深さの地盤は、N値が砂質土の場合概ね一〇未満であるということはできない。
右認定に係る試験のボーリングNo.B-4の地盤図によると、地表面から〇・三〇メートルないし二・八〇メートルの範囲は、N値が大きいが、右認定の基礎底面の高さと対比すると、この部分は、かなりの部分が基礎底面よりも上になるものと認められる。その下の二・八〇メートルないし七・九〇メートルの範囲の砂質土のN値は、一八を除くと、六、一一、七、九であって、概ね一〇未満であると認められる。そして、右一八については、右認定の清水建設株式会社の評価を考慮すると、特にこの部分についてのみ巨礫の影響を受けたものと認められる。したがって、右地盤図によると、右地盤の基礎底面から五メートル程度までの深さの地盤は、概ねN値が一〇未満の砂質土であるということができる。
よって、右のボーリングNo.B-4の地盤図の部分は、反対の事情がない限り、「上層が軟弱」に当たるものと認めることができるところ、右反対の事情を認めるに足りる証拠はない。かえって、右認定の清水建設株式会社の評価は、右地盤について「上層が軟弱」に当たることを裏付けるものであるということができる。
3 証拠(乙六の二、乙七の一ないし七)と弁論の全趣旨によると、右基礎杭構造が構築された地盤の下層は、N値が大きく、支持力を有するものと認められる。
4 以上の1ないし3の事実に弁論の全趣旨を総合すると、被告は、本件特許出願日以前から、本件発明の内容を知らないで、右基礎杭構造を実施していたことが認められる。
そして、右基礎杭構造は、軟弱な上層地盤において、曲げ耐力の大きい円筒パイルを用い、支持力を有する下層地盤において、周面支持性能の大きい節付きコンクリートパイル(胴部の径が円筒パイルと略同径のもの)を用いることにより、地盤の性状に適合した支持力を持つ安全、強固で経済的な基礎杭を得ることができるという点において、本件工事の基礎杭構造と同一であるから、本件工事の基礎杭構造と同一の技術思想のものであると認められる。したがって、本件工事の基礎杭構造は、先使用による通常実施権の範囲に属するものと認められる。
四 以上の次第で、被告が本件特許権を侵害したとは認められないから、被告が本件特許権を侵害し又は侵害するおそれがあるとは認められない。したがって、原告の請求のうち差止請求は理由がない。また、被告が本件特許権を侵害したとは認められない以上、損害賠償請求も理由がない。
(裁判長裁判官 森義之 裁判官 榎戸道也 裁判官 岡口基一)